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事業報告

受賞監督インタビュー: 2026年 ASEAN-Japan NEW GENERATION Short Film Award を彩る5人の声

「次の一歩を踏み出す」とは。

ASEAN-Japan NEW GENERATION Short Film Award 2026 の受賞監督たちにとって、その答えはさまざまです。本気で生きることを選ぶこと。大切な人の記憶とともに生きること。身近な人から勇気をもらうこと。そして、自分のものの見方を信じられるようになること。

第3回となる今年のアワードは「Our Next Waypoint(次の道しるべ)」をテーマに、200作品以上の応募から5作品が受賞しました。受賞監督たちに、作品に込めた思い、制作を支えてくれた人々、そしてこれからの目標について、日本アセアンセンターがお話を伺いました。

Andrew Retanubun | インドネシア 

『Berani Mati Takut Hidup (Brave Enough to Die, Afraid to Live)』:「本当に生きる」を選ぶ

※「Berani Mati Takut Hidup(ブラニ・マティ、タクット・ヒドゥップ)」は、インドネシア語で「死ぬ勇気はあっても、生きるのが怖い」という意味。

死は誰にでも訪れる。では、私たちは本当に生きているだろうか。Andrewさんの作品は、そんなシンプルな問いから生まれました。人からの評価を求めること。恐れの中で暮らすこと。目的もなく、ただ日々を過ごすこと。生きていながら自分を見失ってしまうさまざまな姿を、主人公が象徴的な「死」を何度も繰り返すループ構成で描いています。

本作は、Andrewさんの友人であるインドネシアのミュージシャン、Tuan Tigabelasさんの楽曲から生まれ、その物語をAndrewさんが映像作品として描き出しました。構想を練るうちに、それはAndrewさん自身の物語にもなっていきます。制作中、Andrewさんは体調を崩して2度救急外来に運ばれました。主人公が突然息苦しくなって倒れる場面には、そのときの経験が反映されています。息ができること、今ここにいられること。それだけでかけがえがないという気づきが、作品に込められています。

Andrewさんが特に注目してほしいのは、水が登場する場面です。水は生と死の両方を象徴し、物語のどこに現れるかによって意味が変わっていきます。

Andrewさんにとって「Our Next Waypoint」とは、人生の新しいステージや決断、あるいは人生の見方を変えようと決めた瞬間のこと。インドネシアの文化を直接説明するのではなく、日々の暮らしの中に意味や精神性、感謝を見いだすという、インドネシアの映像作家としての視点を伝えたかったといいます。

「死は誰にでも訪れるもの。でも、本当に『生きる』ということは、自分で選ばなければならないのです。」

Andrewさんはフリーランスの映像作家で、ヒップホップ・アーティストでもあります。友人たちと制作会社「NODAYSOFF」を立ち上げ、ミュージックビデオなどを手がけています。いつか長編映画を劇場で公開し、できるだけ多くの人に届けることが夢です。

Andrew Retanubun

インドネシアの映像作家・ヒップホップアーティスト。仲間と立ち上げたプロダクショ「NODAYSOFF」を運営する。

写真: SEVENFREAK

Youtubeで受賞作品を観る:『Berani Mati Takut Hidup (Brave Enough to Die, Afraid to Live)』

Bank Thanasouth | ラオス 

『Golden MEM』:記憶を抱えて、前へ進む

Bankさんが映画をつくり始めたのは、ほんの2年ほど前のことです。2024年8月、先輩映像作家たちとの短編映画キャンプに参加し、自分の視点で物語を語りたいと思うようになりました。「僕も映画のことをよく知らないまま始めました。やってみて、失敗して、またやってみる。そうやって学んでいくんです」。

惹かれるのは静かな人間ドラマ。タイのナワポン・タムロンラタナリット監督の『ハッピー・オールド・イヤー』から大きな影響を受けたといいます。登場人物が別人に生まれ変わるのではなく、自分を理解し、自分の気持ちとともに生きることを学んでいく。『Golden MEM』の主人公タムも、変えることのできない記憶と、そうして向き合っていきます。

Bankさんが特に大切にしているのは、タムが祖母の写真に歩み寄り、静かに手を合わせる場面です。言葉にしなくても、後悔と愛情、そして敬意が伝わる瞬間です。ラオスでは、寺院を訪れるとき、目上の人にあいさつするとき、客を家に迎えるときなどに手を合わせます。Bankさん自身も、初めて会う人に敬意を表すときによくこのしぐさをするそうです。

本作はもともと授業の課題でした。ほかの活動と両立しながらの制作は大変で、完成できるか不安になったこともあります。そんなとき、考えすぎる自分を引き戻してくれたのが、助監督で共同脚本も務めた仲間でした。チームのみんなも「信じている」と言ってくれました。ラオスの映画仲間を、Bankさんは「兄弟」と呼びます。ラオスの物語を世界に届けるよう、いつも背中を押してくれる存在です。

「次の一歩とは、成功することではなく、過去を受け入れて、前に進む勇気を見つけることなのかもしれません。」

Bankさんはラオスでコミュニケーション・アーツを学びながら、音楽制作も行っています。ラオスでは若い映像作家のチャンスは増えつつあるものの、活動の場はまだ限られているそうです。

本作はラオスを舞台にした物語ですが、タムの気持ちに、国を越えて共感してもらえるものがあれば、とBankさんは願っています。

Bank Thanasouth

ラオスのSoutsaka Institute of Technologyでコミュニケーション・アーツを学ぶ学生。映像作家・音楽プロデューサーとしても活動している。

写真: Konevilom Phachoumphonh

Youtubeで受賞作品を観る:『Golden MEM』

Prince Jairo Paglinawan | フィリピン 

『Jeepney Kronikels』:見知らぬ人と、同じ道を行く

※ジープニーは、フィリピンを代表する乗り合いバスです。第二次世界大戦後に残された米軍のジープを改造したのが始まりで、カラフルな装飾が特徴です。決まったルートを走り、乗客は向かい合わせの長いベンチに座ります。

Jairoさんは高校時代、ジープニーで通学していました。その車内で、隣に座る乗客がどんな人生を送っているのか、よく想像していたそうです。何度も顔を合わせているのに、名前すら知らない。そんな素朴な好奇心から、この作品は生まれました。

何年も温めてきた物語を、今回のアワードのために映像化しました。制作費には自分の貯金を充て、キャストには親戚や友人が集まりました。撮影に使ったジープニーは、実際に運転手をしている友人の父親の車です。撮影できたのはたった1日。そのため、まずJairoさんの小さなアパートでリハーサルを重ね、それから車内での撮影に臨みました。

カメラは、観る人自身が乗客の一人になったように感じられる位置に置かれています。Jairoさんにとってジープニーは、単なる乗り物ではありません。人それぞれの旅路が一瞬だけ交わる「動く共同体」であり、「私たちの夢や失恋、憧れ、痛み、そして勝利の静かな証人」なのです。

Jairoさんは、今年のテーマに「私たちの旅は一人きりではない」という思いを重ねます。道の途中で出会う人たちが、その時々でそれぞれの役割を果たしてくれるのだといいます。

「この先どうなるかわからなくても、そばにいてくれる人たちがいるから、前に進む勇気が湧いてくるんです。」

Jairoさんはマルチメディアを学ぶ大学生で、イベントの映像制作の仕事もしています。将来は映画の道に進むことが目標です。ジープニーの運転手や、車体の看板を手がける職人など、ジープニーにまつわる人々や文化を追うドキュメンタリーシリーズも構想しています。

Prince Jairo Paglinawan

フィリピン大学オープンユニバーシティでマルチメディアを学ぶ大学生。2022年に工学から映像の道へ転じ、イベント映像の制作にも携わっている。

Youtubeで受賞作品を観る:『Jeepney Kronikels』

Chan Teik Quan | マレーシア 

『Kopi ‘O’ Kosong(情中的苦)』:一杯のコーヒーに残る記憶

※「Kopi ‘O’ Kosong(コピ・オ・コソン)」は、マレーシアやシンガポールなどのコーヒー店での注文の言い方で、「砂糖もミルクも入れないブラックコーヒー」のこと。

Teik Quanさんにとって、このブラックコーヒーの味は、母親にまつわる最も古い記憶のひとつを呼び起こします。毎朝、最初の一口を飲むときに母が見せていた笑顔です。幼いTeik Quanさんにコーヒーを教えてくれたのも母でした。母を亡くした後、二人が共有していたこの朝の習慣が、作品の中心になりました。本作は、母のいない母の日を過ごす人たちに向けて、母の日に合わせて制作されました。

Teik Quanさんは友人たちと、1週間足らずで作品を完成させました。主に中国語の作品ですが、制作したのはさまざまな民族や文化的背景を持つ仲間たちです。Teik Quanさんは、それこそが多民族国家マレーシアの素晴らしさだと話します。「文化が違っても、私たちは強い絆で結ばれることができます」。画面には、Teik Quanさんの家族が長年集めてきた写真や思い出の品々も登場し、作品の中の過去と現在をつないでいます。

Teik Quanさんにとって「Our Next Waypoint」とは、人生が変わっていく中でも、家族が道しるべであり続けること。本作は母への想いを込めながら、愛する人をどう未来へ連れていくのかを問いかけています。

「映画をつくることは、愛する人たちにラブレターを書くこと。」

Teik Quanさんはマレーシアの大学で映画芸術を教えるアシスタント・レクチャラーです。映画づくりは、文章・写真・音楽という自分の好きなものをひとつにできる表現だと考えています。現在は、Griffith University、ASEAN-Australia Council、Asia Pacific Screen Academyが支援する国際的な多文化プロジェクト「Regional Reels」のもとで、次の短編を準備しています。

Chan Teik Quan

マレーシアのマルチメディア大学で映画芸術を教えるアシスタント・レクチャラー。2015年から映画製作を始め、家族の物語をもとに、喪失や無常をテーマにした作品を手がける。

写真: Samantha Chan

Youtubeで受賞作品を観る:『Kopi ‘O’ Kosong(情中的苦)』

議 大貴(はかり たいき)|日本 

『その花を綺麗とは思わなかった(No Reason to Love It)』:自分が「いい」と思ったものを信じる

この作品を作る前、議さんは短編映画のアイデアを考えるたびに、「人に評価されるものとは何か」ばかりを考えていたといいます。でも、そこから生まれたストーリーはどれも個性に欠けていました。自分でも面白いと思えず、行き詰まっていたそうです。

そんなとき、作品に描いたのと同じような場面に偶然出会います。はたから見れば、取るに足らない出来事だったかもしれません。それでも議さんにとっては、「この状況、なんだか面白い」「心に残る瞬間だ」と感じられるものでした。そこで、自分が面白いと思ったものを、勢いのままに形にしようと決めました。

最後に彼女へ話しかけなかったことを除けば、すべて実際に起きた出来事です。「綺麗ではない」と感じたその花は、時間が経てば形が変わってしまう。そこで、アイデアを思いついてから2〜3日後、人のいない早朝の限られた時間に撮影しました。自分の心の動きに素直に従い、ほぼそのまま作品にしたのは、これが初めてだったといいます。

「この作品の制作以降、アイデアを考える時には『自分が素直にいいと思ったものを題材にする』という視点を持てるようになったと思っています。」

他人の評価という基準から離れ、自分の価値観を信じて一歩を踏み出すこと。それが、議さんにとっての「Our Next Waypoint」です。価値観の違いは、国境を越えるとさらに大きく表れるもの。だからこそ、他者の評価に合わせるのではなく、自分が素直に「いい」と思ったものを形にすることの大切さが伝われば、と議さんは話します。

議さんは新卒で映像制作会社に入り、ディレクターの仕事を間近で見るうちに独立しました。現在はフリーランスの映像ディレクター・エディターとして活動し、映像制作に携わって10年になります。今いちばん実現したいのは、自身の脚本で、養蚕農家で働く女性を主人公にした作品を監督することだそうです。

議 大貴

映像ディレクター・エディター。映像制作会社を経てフリーランスとなり、広告映像を中心に、映画・ドラマの自主制作にも取り組む。

写真: Eigoro Akai

Youtubeで受賞作品を観る:『その花を綺麗とは思わなかった(No Reason to Love It)』

それぞれの旅路へ

5人の監督は、それぞれ違う道のりを経て受賞作にたどり着きました。友人の歌と自身の苦しい経験、敬意を表すしぐさ、いつもの通学路、朝の一杯のコーヒー、ふと目に留まった一瞬。どの作品も、監督にとって身近なものから生まれています。そして、「次の一歩」について、それぞれ異なるヒントを私たちに与えてくれます。

11月には東京で受賞者プログラムが予定されており、受賞監督たちが一堂に会して作品や想いを分かち合います。また、11月28日(土)に都内で開催されるWOMAN EXPO 2026 Winter(主催:日本経済新聞社、日経BP)では、日本アセアンセンターと監督たちによるトークイベントを予定しています。詳細は追ってセンターのSNS等でお知らせします。

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