ウェビナー録画: https://www.youtube.com/watch?v=TTtrPdjF0do
2025年12月11日、日本アセアンセンターは「貿易におけるAIガバナンスの役割:ASEANと日本からの教訓」と題したウェビナーを、ASEAN-Japan Insights Series の一環として開催しました。本ウェビナーでは、ASEANおよび日本の政策担当者、企業関係者、研究者が参加し、AIガバナンスがデジタル貿易、イノベーション、域内協力をどのように支えるかについて議論を行いました。
概要
日本のAIガバナンスは、2024年に政府が策定した「AI事業者ガイドライン」および2025年6月に公布されたAI推進法に基づいた、人間中心・リスクベース・ソフトロー型のアプローチを特徴としており、ASEANにとって実践的な参照モデルを提供しています。一方で、ASEAN諸国は規制の成熟度、制度的能力、民間部門の準備状況において多様性が大きいことから、完全な制度調和よりも相互運用性の確保を重視し、抽象的な原則論ではなく、実務に即した運用ツールを中心とした対応が求められています。
本議論を通じて導かれた共通認識は、ASEANと日本の協力は、今後、対話段階から実装段階へと移行すべきで、共同規制サンドボックスの構築、共通のリスク評価枠組みの整備、能力構築の推進、ならびに中小企業(SMEs)が活用しやすいガバナンス・メカニズムの導入を通じて、信頼を確保しつつイノベーションを促進する協力が重要ということでした。
登壇者は以下のテーマで発表を行いました:
- リオ・キアンタラ 氏(ASEAN-BAC リサーチ部門長)
(リフキ・ウェノ事務局長の代理として登壇)
日本の「AIビジネスガイドライン」の東南アジアにおける実務的運用の可能性や課題について、企業ニーズやビジネス現場の視点を交えて説明しました。リンク - 永野 志保 氏(経済産業省 商務情報政策局 企画調整官)
企業による責任あるAI活用を後押しする日本の政策、国際協調、規制動向について紹介しました。リンク
- カトリーナ・セティアワン 氏(2025年度 AJYEF フェロー)
研究成果「AIガバナンスとデジタル貿易:日本とASEANからの教訓」を発表し、ASEAN諸国のケーススタディ、現在のガバナンス状況、リスク、協力の可能性について報告しました。リンク
- リリ・ヤン・イン 博士(ERIA 東南アジア地域リードアドバイザー)
ASEANにおけるAIガバナンスの課題や断片化、キャパシティ不足を踏まえ、日本との協力による改善の方向性を示しました。リンク
プレゼンテーションで示された主なポイント
- 共通の経済的成長目標の下で顕在化するAI導入とガバナンスのギャップ
ASEANのデジタル経済は、2030年までに1兆米ドル規模に達し、世界のデジタル経済全体の約10%を占めると予測されています。また、AIは2030年までにASEANおよび日本全体のGDPを10~18%押し上げると見込まれている一方で、ガバナンスおよび実務運用の両面において、依然として大きな課題と格差が残されています。
- 日本は国際的なAIガバナンスのリーダーとして先行
日本の「AIビジネスガイドライン」はリスクベースの自主的枠組みで、「生きた文書」として柔軟に更新されます。また、広島AIプロセスや2025年のAI法案策定など、革新とリスク管理の両立を目指した国際的取り組みをリードしています。
- ASEANは信頼・人材・規制の断片化という構造的課題に直面
不透明なアルゴリズムによる「信頼の欠如」、倫理と技術の両方を理解する人材不足、国ごとに異なる規制体系、質の高いデータの不足などが企業のAI活用を阻害しています。
- デジタル貿易の基盤はAIではなく「データガバナンス」
正確で安全なデータがなければ、信頼できるAIも成立しません。DEFAをはじめとする枠組みは、越境データ流通の促進やデジタルトラスト向上により、AI活用を支える土台を構築します。
- 現行の貿易協定はAIを直接は扱わず、デジタル経済の規定を通じて間接的に支援
RCEPやCPTPPなどにはAIガバナンスに特化した条項は存在しませんが、電子商取引、サイバーセキュリティ、越境データなどのルールを通じてAI活用を可能にしています。
- ASEANの最優先課題は「実務的で相互運用可能な協力」
ASEANの関係者は、共同パイロット、リスクベースの枠組み、ガイドラインの共通化を強く求めています。日本とASEANが7つの柱からなるモジュール型のガバナンスモデルの共同開発が発表者より提案されました。
パネルディスカッション(司会:カトリーナ・ナボーロ 博士)での主な論点
- 信頼と実務的ツールはビジネスに不可欠
企業は抽象的な政策よりも、チェックリストやテンプレートなど、すぐに使える実務的ツールを求めています。
- デジタル貿易に関する重大リスクは依然として十分対処されていない
アルゴリズムの偏り、システム障害、誤情報、決済詐欺などは、現行のソフトローでは十分にカバーされていません。
- ASEANは規制の断片化と人材不足を克服する必要
共通基準の欠如や専門人材の不足が、域内のデジタル貿易の効率性を阻害しています。
- ASEAN–日本協力は「相互運用性」と「能力構築」を優先
共同サンドボックス、専門人材育成、共通リスク評価フレームワーク、データ保護原則の調整が重要です。
- 持続可能なデジタル化には安定したエネルギー基盤が不可欠
データ需要の増大を支えるため、2030年までに再生可能エネルギー比率60%を目指す必要性が指摘されました。
今後に向けて:貿易・ビジネス分野におけるAIガバナンスに関するASEAN・日本協力
本議論では、デジタル貿易分野におけるAIガバナンスに関するASEAN・日本協力の在り方として、完全な制度調和よりも相互運用性を重視することが、最も実効性の高いアプローチであるとの認識が示されました。具体的な協力手段としては、共同規制サンドボックスの構築が挙げられ、これにより中小企業(SMEs)やスタートアップが、製造業、物流、電子商取引、貿易金融、農業などの分野において、AIを活用した貿易関連ソリューションを管理された環境下で検証することが可能となります。加えて、共通のAIリスク分類、整合的な影響評価、相互運用可能なデータガバナンスおよび監査要件を含むリスク・相互運用性枠組みの整備は、国境を越えたコンプライアンス負担の軽減に寄与するとともに、サンドボックス成果の相互承認を可能とします。
さらに、包摂的なAI活用を実現するためには、能力構築およびSME中心のガバナンスの重要性が強調された。共同フェローシップ、人材交流、分野別・目的別の研修プログラムは、技術・制度・ガバナンスを横断する人材不足の解消に資するものです。また、チェックリストやプレイブック、分野別ガイダンスといった実務的ツールを共同で開発することにより、原則を具体的な運用に落とし込むことが可能となります。同時に、利用者保護を確保しつつイノベーションを阻害しない、柔軟かつリスクベースの「ソフト・ガバナンス」モデルの導入が不可欠であり、過度なコンプライアンス負担によりSMEsがAIを活用したデジタル貿易から排除されることのないよう、的確なセーフガードを講じることが求められます。
ASEAN-Japan Insights シリーズとは?
ASEAN-Japan Insights シリーズは、先進的で社会の関心の高い日ASEANの情報を共有するプラットフォームであることを目指しています。これは日英同時通訳によるウェビナーシリーズとして、ASEANと日本で関心が高いトピックを定期的に取り上げ、域内の産業、学界、政府、企業間での情報共有と知識共有を促進するものです。
日本-ASEANヤング・エキスパート・フェローシップ・プログラムとは?
ASEAN-日本ヤング・エキスパート・フェローシップ(AJYEF)プログラムは、ASEAN-日本関係における将来の専門家を育成するためにAJCが立ち上げた先駆的な取り組みです。フェローたちは、研究活動、専門的な成長機会、政策対話への参加を通じ、地域協力、新たな経済機会、共通課題に関する新たな視点を提供します。
本ウェビナーは、2025年度AJYEFフェローによる研究および政策アウトリーチ活動の一環として開催されます。
今後のウェビナーに関するお問い合わせや参加をご希望の方は、info_rpa@asean.or.jp
までリサーチ&ポリシー・アドボカシークラスター宛にご連絡ください。